管理健康診断
2009年 03月 17日
このところ 色んな事がうまく回らなくなってきていた。
気持ちの問題・・・そうかもしれない。

その一つに管理健康診断の受診があった。
仕事が忙しいからとこじつけてはづらしていたけれど、3月中に受診しなければならない。
もうだいぶ前から必ず胸部レントゲン撮影で「要観察」と印がついてきた。
「ひどい風邪や気管支炎の後で受診するとよく出るから気にしなくて大丈夫」と言われてきたけど
ついに前回から「要精密検査」に変わった。
「陳旧肺結核痕」というものらしい。
前回の受診では、「同じ痕跡でも古いものと新しいものがあって、新しい方が気になる」ということでCTに入った。
「今回は問題ないけれど、こういうのは癌に発展しやすいから毎年受診して下さいね」と忠告された。
こういう衝撃には疎い方だけど、やっぱりショックだった。
煙草もお酒もやらないのにな・・・と貧乏くじでも引いちゃったような気分。
ギャンブルには強いが、クジ引きはいつも外ればかり。。
こんなことに例えるなんて やっぱり少し疎いのかな。(苦笑)
今回の受診は去年と違うドクターだったけど、レントゲン撮影で
「う〜ん 増えているような気がするな。活動性のものかどうかCTを撮ってみよう」
母の知人が同じものから癌になって治療をしている。
そういうこともあって特に母は心配していた。
「明日CTだから。」
「どうしてこんなことになっちゃったんだろうね。。。」
「うん・・・お父さん 肺気胸の手術したときも肺結核の跡があるって言われたんだよね。
あの時は、お父さん家にいることがなかったから家族は遷らなかったって言ってたけど
実は私が遷っていたのかもね」
そう・・・だって父の隣に寝ていたのは私だ。その隣に母 そして弟。
酔っぱらって帰ってくると必ずチューしてきたし (メ-_-)
「でも、もしもの事があっても 必死で守るものとか無いから なんだか
『あっそうですか』ってあっさり言いそうだわ」と投げやりに言うと
「そうだね 子供いないから良かったよね」と 母。
------- そうだけど そうあっさり言わないでよね
子供がいたら原因を突き止めたり、必死で直そうとするんだろうな・・・・
そんな必死さも自分にはない。
今日CTの結果が出ました。
石灰化した例の跡は大きさも形も数も変わっていないらしくほっとしました。
「結核とは限らないんだよ。でも何が原因かは手術して病理検査でもしたらわかるけどね。
そんなことまでしなくても大丈夫だから。よくあることなんだよ」って言ってくれました。
「アスベストの可能性もあるんだよ。小さい頃でも良いからその可能性はないかい?」
少しの時間で色んなことが頭を駆けめぐった。
帯広・・・東京・・・埼玉・・・函館。
どれも畑や田んぼ、裏山で遊んでいたけど工場では遊んだ記憶はない。
屋根が壊れかけて石灰がポロポロしていた体育館では毎日ドッヂボールして遊んでいたけどね・・
「確かに僕らその年代だね」とドクターは笑っていた。
そんなふうに笑ってくれると、なんだかたいしたことないように思えるから不思議。
たいしたことがないのか、どうなのかは今わかることではないけれど
なんだろう・・・
『人生の設計図 今 どの位まで完成しているのだろう』とふと考えた。
こんなふうにのんびりしているわけにはいかないのかな とも。
もう少し、顔を上げて前を見て早歩きで歩かないと。。。ね。
それでもイヤなこと 一つ解決して、一つ分少し軽くなった日でした。
気持ちの問題・・・そうかもしれない。

その一つに管理健康診断の受診があった。
仕事が忙しいからとこじつけてはづらしていたけれど、3月中に受診しなければならない。
もうだいぶ前から必ず胸部レントゲン撮影で「要観察」と印がついてきた。
「ひどい風邪や気管支炎の後で受診するとよく出るから気にしなくて大丈夫」と言われてきたけど
ついに前回から「要精密検査」に変わった。
「陳旧肺結核痕」というものらしい。
前回の受診では、「同じ痕跡でも古いものと新しいものがあって、新しい方が気になる」ということでCTに入った。
「今回は問題ないけれど、こういうのは癌に発展しやすいから毎年受診して下さいね」と忠告された。
こういう衝撃には疎い方だけど、やっぱりショックだった。
煙草もお酒もやらないのにな・・・と貧乏くじでも引いちゃったような気分。
ギャンブルには強いが、クジ引きはいつも外ればかり。。
こんなことに例えるなんて やっぱり少し疎いのかな。(苦笑)
今回の受診は去年と違うドクターだったけど、レントゲン撮影で
「う〜ん 増えているような気がするな。活動性のものかどうかCTを撮ってみよう」
母の知人が同じものから癌になって治療をしている。
そういうこともあって特に母は心配していた。
「明日CTだから。」
「どうしてこんなことになっちゃったんだろうね。。。」
「うん・・・お父さん 肺気胸の手術したときも肺結核の跡があるって言われたんだよね。
あの時は、お父さん家にいることがなかったから家族は遷らなかったって言ってたけど
実は私が遷っていたのかもね」
そう・・・だって父の隣に寝ていたのは私だ。その隣に母 そして弟。
酔っぱらって帰ってくると必ずチューしてきたし (メ-_-)
「でも、もしもの事があっても 必死で守るものとか無いから なんだか
『あっそうですか』ってあっさり言いそうだわ」と投げやりに言うと
「そうだね 子供いないから良かったよね」と 母。
------- そうだけど そうあっさり言わないでよね
子供がいたら原因を突き止めたり、必死で直そうとするんだろうな・・・・
そんな必死さも自分にはない。
今日CTの結果が出ました。
石灰化した例の跡は大きさも形も数も変わっていないらしくほっとしました。
「結核とは限らないんだよ。でも何が原因かは手術して病理検査でもしたらわかるけどね。
そんなことまでしなくても大丈夫だから。よくあることなんだよ」って言ってくれました。
「アスベストの可能性もあるんだよ。小さい頃でも良いからその可能性はないかい?」
少しの時間で色んなことが頭を駆けめぐった。
帯広・・・東京・・・埼玉・・・函館。
どれも畑や田んぼ、裏山で遊んでいたけど工場では遊んだ記憶はない。
屋根が壊れかけて石灰がポロポロしていた体育館では毎日ドッヂボールして遊んでいたけどね・・
「確かに僕らその年代だね」とドクターは笑っていた。
そんなふうに笑ってくれると、なんだかたいしたことないように思えるから不思議。
たいしたことがないのか、どうなのかは今わかることではないけれど
なんだろう・・・
『人生の設計図 今 どの位まで完成しているのだろう』とふと考えた。
こんなふうにのんびりしているわけにはいかないのかな とも。
もう少し、顔を上げて前を見て早歩きで歩かないと。。。ね。
それでもイヤなこと 一つ解決して、一つ分少し軽くなった日でした。
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by landscape-stories
| 2009-03-17 00:21
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